はじめに
身近な方が亡くなった後の相続手続き。
悲しみの中で、亡くなった方の人生の足跡を辿るように戸籍謄本を集め、銀行や証券会社の窓口を何度も回る手間は、遺族にとって非常に重い負担となっています。
これまでも宮城県や岡山県など、地域の金融機関同士で「書類の書き方を揃える」という共通化の動きはありました。
2026年4月現在、大手証券会社など複数の金融機関が、手続きを効率化するための新会社を今秋にも設立する方針であることが報じられています。
野村、大和、SMBC日興、三菱UFJモルガン・スタンレー、みずほの大手証券5社が主導するこのプロジェクト。
既存の「共通化」と何が違うのか、そして私たちの実務にどのような影響を与えるのか。
今後の相続実務がどのように変わっていくのか、現状把握できる内容に基づき、その方向性を整理しました。
この記事で分かること
- 大手証券5社が主導する「相続手続き新会社」の概要
- 地域銀行による「共通化」と、今回の「一元化」の決定的な違い
- 意外と知らない「印鑑」の扱いと、金融機関側の本音
- 相続人と金融機関、それぞれが抱えるメリットと今後の課題
地域銀行が進めてきた「共通化」の現在地
これまで、岡山県の中国銀行やトマト銀行、あるいは宮城県内の七十七銀行や仙台銀行など、地域の金融機関が連携して「相続手続の共通化」を進めてきました。
【参考引用】 👉 宮城県内10金融機関の相続手続共通化について(七十七銀行ホームページ)
これらの取り組みは、主に相続届などの書類様式を統一し、必要書類のルール(戸籍謄本の省略基準など)を揃えるものです。
これにより、相続人は金融機関ごとに異なる書き方を個別に調べる負担から解放されました。
また、法務局が発行する「法定相続情報一覧図」の活用を促進するなど、必要書類の削減にも寄与してきました。
ただし、これらはあくまで様式を揃えたものであり、書類の提出自体はそれぞれの金融機関の窓口へ個別に行う必要があります。
例えば、亡くなった方が地域の複数の銀行や信金に口座を持っていた場合、共通様式の書類を複数セット用意して、それぞれの窓口へ足を運ぶ手間は依然として残っていたのです。
これは「ルールは同じだが、窓口は別々」という状態と言えます。
新会社がもたらす「一元化」3つの違い
2026年秋の設立が予定されている新会社は、これまでの共通化を一歩進めた「一元化(プラットフォーム化)」を目指しています。主なポイントは以下の3点です。
1. 窓口のワンストップ化
共通化では各社への個別提出が必要でしたが、一元化では新会社(プラットフォーム)に書類を一通提出すれば、参加している複数の金融機関へ情報が共有され、手続きが一斉に動き出す仕組みを目指しています。
つまり、「一度の提出で全てが済む」という、真の意味でのワンストップサービスの実現です。
2. 審査業務の集約と「印鑑」の扱い
各金融機関が個別に行っていた「戸籍の読み取り」や「印鑑証明書の照合」といった専門的な事務審査を、新会社が一括して引き受けます。
ここで気になるのが「印鑑」の扱いです。
まず、手続きにおいて重要となるのは、金融機関から求められる「相続人(または受遺者)の印鑑登録証明書」との照合です。
手続きの内容によって、誰の印鑑や証明書が必要になるかは異なりますが、これまでは、証明書の原本を金融機関ごとに提出する必要がありました。
1部しか用意していない場合は、原本還付(コピーを取って原本を返してもらう作業)を待ってから次の金融機関へ回るため、完了までに膨大な時間がかかっていました。
しかし、新会社が一元的に認証を行うようになれば、こうした「原本の持ち回り」によるタイムロスが大幅に改善される可能性があります。
いずれにせよ、「誰が正当な権利者か」という認証を一箇所で済ませられるのは、一元化の大きな強みといえます。
一方、亡くなった方の届出印についてはどうでしょうか。
現在、多くの金融機関では、相続手続きの過程で亡くなった方の届出印を求められる場面は少なくなっています。
貸金庫の開扉や、一部の金融機関における独自の確認手続きなど、特定のケースを除けば、通帳や印鑑を紛失していても手続きが進められるのが一般的です。
3. 証券特有の煩雑さへの対応
証券口座の相続は、預金の解約とは異なり、銘柄ごとの移管手続きや、相続人自身の口座開設が必要になるなど事務が極めて複雑です。
大手5社が連携することで、こうした証券特有の事務フローが標準化されます。
これまで「移管を受けるために、わざわざ同じ証券会社に新しく口座を作る」際にかかっていた手間も、
プラットフォーム上の認証データを利用することで大幅に簡略化されることが期待されます。
金融機関側の本音と事務コストの裏側
なぜ、競合他社である大手証券5社が手を取り合い、新会社を設立するのでしょうか。
そこには、金融機関が長年抱えてきた「コストセンターとしての相続事務」という課題があります。
金融機関にとって相続手続きは、ミスの許されない高度な専門事務です。
一箇所でも戸籍の読み取りを誤り、正当な相続人以外に払い戻しを行えば、後から法的な責任を問われるリスクがあります。
そのため、熟練のスタッフによる目視確認が不可欠ですが、その労力に見合う手数料を取ることは難しく、
やればやるほど赤字になりかねない「手間の割に儲からない」業務となっていたのが実情です。
この「重たい事務」を共同化して切り離すことは、経営の合理化であると同時に、戦略的な一手でもあります。
煩雑な事務から解放されることで、浮いた人員を「相続後の資産運用」や「次世代への承継提案」といった、
本来の収益業務(コンサルティング)へシフトさせたいという狙いが透けて見えます。
メリットと残された課題
この一元化は双方に大きな恩恵をもたらす一方で、実務上の注意点も存在します。
◆ 相続人側の視点
メリットは、書類作成や窓口巡りの回数が劇的に減ること、そして参加企業間での連携により、家族が把握していなかった口座の確認漏れが防げることです。
一方で、一つの窓口に全ての資産情報が集約されることへのプライバシー面の懸念や、
現時点ではゆうちょ銀行やネット証券、多くの地方銀行がこの枠組みに含まれていないため、
結局は別途手続きが必要な機関が残ってしまうという課題があります。
◆ 運用の柔軟性とスピード
手続きの入口である「審査」は一つになっても、実際の資金移動や株の移管という「出口」は、これまで通り各金融機関が個別に行います。
新会社が直接、銀行の勘定系システムを操作して振り込みを行うわけではありません。
しかし、最も時間のかかる「戸籍の審査」という関門が共通化されることで、最終的な支払いまでのスピードは格段に早まるでしょう。
また、手続きがシステム化・自動化されるほど、個別の事情(家族関係の複雑さなど)に合わせた柔軟な対応が難しくなる可能性もあります。
相続人は、簡略化された事務の裏側で、金融機関側からの営業提案がより活発になるという側面も理解しておく必要があります。
まとめ
大手証券5社による新会社の設立は、
これまでの「地域ごとの書類共通化」という地道な歩みを、デジタル技術と組織の力によって「全国規模の事務一元化」へと昇華させる試みです。
2026年秋の新会社設立に向けて、このインフラがどれほど多くの金融機関を巻き込み、真に使い勝手の良いものになるのか。
これまで「面倒だから」と放置されがちだった相続手続きが、誰もがスムーズに行えるものへと変わる大きな一歩として、今後の動向が注目されます。
事務的な負担が軽減されるからこそ、
私たちは「誰がいくら引き継ぐか」という形式的な作業を超えて、
「亡くなった方の思いをどう繋ぐか」という、
より本質的な対話に時間を使えるようになるはずです。
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相続の手続きは、形式的な書類の提出だけでなく、その背景にある「遺産分割の設計」こそが重要です。
事務手続きの一元化が進み、負担が減る未来が近づいていますが、それでも個別の事情に応じた「腹落ちする設計」には、専門的な視点が必要な場面が多くあります。
お手続きや将来の対策でお困りの際は、どうぞお気軽にご相談ください。
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